RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 02 / 09

第2話 「地震」

何気ない日常を、突然の揺れが襲う。

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RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第2話 地震

― ―

教室そのものが、下から突き上げられた。

「うわっ!」

椅子が大きく跳ねた。

レイは反射的に机へ手をつく。

その直後、横から強烈な揺れが襲ってきた。

机が床を滑る。

椅子が倒れる。

黒板の上に掛けられていた時計が激しく揺れ、教室のあちこちから悲鳴が上がった。

「机の下! 早く!」

先生の声が飛ぶ。

レイは机の下へ潜り込んだ。

頭を腕で覆う。

ガタガタガタガタッ!

窓ガラスが今にも割れそうな音を立てている。

ロッカーの中身が床へ落ちた。

教科書。

ファイル。

誰かの水筒。

床を転がってきたペンケースが、レイの机の脚にぶつかる。

「きゃあ!」

「やばい、やばいって!」

「動くな!」

先生の声も、揺れの音に飲み込まれていく。

レイは机の脚を掴んだ。

身体が左右へ振られる。

こんな揺れは知らない。

今まで経験した地震とは、何かが違う。

終わらない。

一度弱くなったように感じても、すぐにまた大きくなる。

そのたびに教室全体が軋んだ。

レイの頭に、朝の光景が浮かんだ。

母。

父。

そして――

「……ルカ」

小さく名前が漏れた。

家にいる。

ルカは家にいる。

母も、たぶん家にいる。

父は――。

どこにいる。

レイはポケットへ手を伸ばしかけた。

スマホ。

でも今、机の下から出す余裕なんてない。

「頼むから……止まれよ」

誰に言うでもなく呟いた。

やがて。

揺れが、少しずつ弱くなっていった。

ガタガタと震えていた窓も、ようやく静かになる。

教室に残ったのは、荒い呼吸と泣き声だった。

地震で教室が激しく揺れ、机に身を伏せるレイたち
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 03

誰もすぐには動かなかった。

「……みんな、そのまま」

先生が息を整えながら言う。

「まだ出るな。怪我してる人いるか?」

「先生……」

前の方から震えた声がする。

「血……」

机にぶつけたのか、一人の生徒が額を押さえていた。

先生が近づこうとした、そのとき。

ぐらっ。

「また!」

再び教室が揺れた。

さっきほどではない。

それでも、全員が一斉に机の下へ身体を縮めた。

レイも歯を食いしばる。

数十秒。

揺れが止まる。

今度こそ、先生が立ち上がった。

「校内放送を待つ。勝手に廊下へ出るな」

そう言った直後。

スピーカーからノイズが流れた。

『――全校生徒に連絡します』

途切れ途切れの声。

『現在、大きな地震が発生しました。先生の指示に従い――』

ブツッ。

放送が切れた。

教室の照明も、一度だけ点滅する。

そして消えた。

「停電……?」

誰かが言った。

昼間の教室だから暗くはない。

けれど、天井の照明がすべて消えたというだけで、教室の空気が変わった。

先生が窓の外を見る。

レイも机の下から顔を出した。

校庭の向こう。

遠くの街から、細い煙が上がっていた。

一本ではない。

二本。

三本。

もっと遠くにも見える。

「……火事?」

教室が静まり返った。

先生はすぐに振り返った。

「全員、落ち着け。これから校庭へ避難する」

生徒たちは順番に廊下へ出た。

床には細かな破片が散らばっている。

壁にはひびが入っていた。

階段では手すりを掴み、一段ずつ下りる。

途中、また小さな揺れが来るたびに列が止まった。

外へ出る。

校庭には、すでに別の学年の生徒たちが集まっていた。

泣いている子。

友達と抱き合っている子。

スマホを握りしめている子。

先生たちが声を張り上げている。

「クラスごとに並んで!」

「走らない!」

「点呼するぞ!」

レイも列へ入った。

名前を呼ばれ、返事をする。

それが終わるとすぐ、スマホを取り出した。

画面には通知がいくつも出ていた。

けれど、通信状態を示す表示は不安定に揺れている。

まず母へ電話をかけた。

呼び出し音は鳴らない。

しばらくして、接続できないという表示が出た。

「……母さん」

もう一度。

同じ。

父へ。

繋がらない。

メッセージを送る。

《大丈夫? 学校にいる》

送信中。

表示はそのまま動かなかった。

レイは画面を見つめる。

家はここから歩いて帰れない距離ではない。

今すぐ帰れば――。

「蒼宮、どこ行く」

担任に呼び止められた。

「家、見に行きます」

「ダメだ」

「でも母さんとルカが家に――」

「今はダメだ。道路の状態も分からない。余震も続いてる」

「でも!」

思わず声が大きくなった。

先生は一瞬黙った。

それから、レイと目を合わせる。

「心配なのは分かる。でも今、生徒を一人で帰すことはできない」

レイは何も言えなかった。

分かっている。

先生が間違っているわけじゃない。

それでも、納得なんてできなかった。

校庭の隅へ座る。

スマホを見る。

まだ送信中。

画面を閉じる。

すぐにまた開く。

変わらない。

「レイ」

クラスメイトが隣に座った。

「家、連絡ついた?」

「つかない」

「俺も」

それだけ言って、二人とも黙った。

校庭のあちこちで、同じような会話が聞こえていた。

時間だけが過ぎていく。

余震は何度も来た。

そのたびに地面が揺れ、誰かが声を上げる。

昼を過ぎても、状況はほとんど分からなかった。

先生たちが集めた情報では、周辺の道路の一部が通れなくなっているらしい。

電車も止まっている。

信号も消えている場所がある。

携帯電話はほとんど繋がらない。

ただ、それだけだった。

どれくらい大きな地震だったのか。

どこまで被害が出ているのか。

誰も分からない。

午後になって、学校の中からラジオが持ち出された。

先生の一人が音量を上げる。

雑音。

途切れる声。

『――各地で非常に強い揺れが――』

『――建物の倒壊、火災が――』

『――余震に十分注意してください――』

断片的な情報しか聞き取れない。

それでも、生徒たちはラジオの周りへ集まった。

レイも耳を澄ませる。

自分の住んでいる地域の名前が出ないか。

何度も待った。

聞こえてこない。

「……母さん」

レイはまたスマホを見る。

電話は繋がらない。

メッセージも送信中のままだった。

地震が起きたとき、母は家にいなかったはずだ。

朝、出かける予定があると言っていた。

だから家には――ルカだけ。

そして、母が出かけたなら玄関には鍵がかかっている。

「ルカ……」

家の中で、どうしている。

家具が倒れていないか。

何かの下敷きになっていないか。

怖がっていないか。

外へ逃げることすらできないかもしれない。

考えれば考えるほど、じっとしているのが苦しくなった。

夕方が近づくにつれて、学校の様子が変わり始めた。

校門から、地域の人たちが次々と入ってくる。

子どもの手を引いた母親。

杖をついた老人。

リュックを背負った夫婦。

毛布や水を抱えている人もいる。

この学校が、地域の避難所になっていた。

校庭にいた生徒たちだけだった場所へ、町の人たちが増えていく。

先生たちは避難してきた人を体育館へ案内し、空いている場所を確認していた。

人が来るたび、レイは校門を見る。

母かもしれない。

違う。

また誰かが入ってくる。

違う。

その繰り返しだった。

周りでは、家族を見つけた人たちの声が聞こえる。

「よかった……!」

「無事だった?」

抱き合う人。

泣きながら名前を呼ぶ人。

レイも何度も立ち上がった。

けれど、母の姿はなかった。

日が傾き始める。

空が赤くなる。

それでも母は来ない。

スマホも繋がらない。

「なんで来ないんだよ……」

レイは校門を見つめた。

ここが避難所なら、無事なら来るかもしれない。

そう思って待っていた。

でも来ない。

そして家には、ルカがいる。

鍵のかかった家に。

「蒼宮レイ!」

校門の方から先生の声がした。

レイは勢いよく顔を上げた。

人の間を、一人の男が歩いてくる。

服は埃で汚れている。

髪も乱れていた。

額には小さな傷がある。

「……父さん!」

父がレイを見つけた。

その顔が、ようやく緩んだ。

「レイ!」

レイは走った。

「怪我は?」

父の両手がレイの肩を掴む。

「ない。父さんは?」

「俺も大丈夫だ」

「その傷は?」

「これくらい擦っただけだ」

父が額を指さした。

レイは大きく息を吐いた。

父は無事だった。

それだけで、胸の奥に詰まっていたものが少しだけほどける。

でも。

レイは父の後ろを見る。

誰もいない。

「……母さんは?」

父の表情が止まった。

「一緒じゃないの?」

「……まだ会えてない」

レイの喉が乾いた。

「連絡は?」

「何度もした。でも繋がらない」

「ここ避難所だよ。母さん、来てない」

「そうか……」

父も校庭を見回した。

「父さん、家は?」

「家の方へ行こうとした。でも途中の道路が塞がってた。火事も出てる。今は近づけない」

レイの顔から血の気が引いた。

「じゃあルカは?」

父がレイを見る。

「母さん、朝出かけたんだよね?」

「ああ」

「じゃあ家、鍵かかってるじゃん」

父は何も言えなかった。

「ルカ、家の中だよ」

「……ああ」

「逃げられないじゃん」

レイの声が震えた。

「家が壊れてたらどうすんの?」

「レイ」

「今から行こう」

「無理だ」

「でも!」

「俺も行こうとしたんだ」

父の声が少し強くなった。

レイが黙る。

父はすぐに声を落とした。

「道が通れない。余震も続いてる。暗くなったら、もっと危ない」

「でもルカが……」

「分かってる」

父の手がレイの肩に置かれる。

「母さんのことも、ルカのことも。俺だって今すぐ探しに行きたい」

その手が、わずかに震えていた。

レイは初めて気づいた。

父も怖いのだ。

母がどこにいるのか分からない。

ルカが家の中でどうなっているのか分からない。

同じだった。

「明るくなったら、行ける道を探そう」

父が言った。

「絶対に家まで行く」

レイは唇を噛んだまま、小さく頷いた。

夜。

体育館には、学校の生徒だけではなく、避難してきた地域の人たちが大勢集まっていた。

床にはマットや毛布が敷かれている。

非常用の照明だけが、薄暗く体育館を照らしていた。

あちこちから話し声が聞こえる。

泣き声。

誰かを探す声。

時々、床の下から伝わってくる小さな余震。

父とレイは並んで座っていた。

レイはスマホを見る。

母からの連絡はない。

画面を消す。

目を閉じる。

すると浮かぶのは、朝の玄関だった。

黒い身体。

青い模様。

自分を見上げていた青い目。

『帰ったら遊ぼう』

レイは毛布を強く握った。

家に帰れば、いつもルカがいた。

玄関を開ければ、走ってきた。

夜になれば、隣で青く光っていた。

今も。

あの家の中で、一人でいるのだろうか。

「……ルカ」

返事はなかった。

EPISODE 02 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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