RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 05 / 09

第5話 「再会」

探し続ける家族。まだ手がかりは途切れていない。

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RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第5話 再会

― ―

レイは走った。

「ルカ!」

瓦礫を避け、狭い隙間へ回り込む。

青い光が、もう一度だけ揺れた。

「にゃ……」

弱い声だった。

けれど、間違いなかった。

崩れた板とコンクリートの向こうから、黒い体がゆっくりと姿を現した。

青い模様は埃でくすんでいた。

足取りも、いつものルカよりずっと遅い。

「ルカ……!」

レイがしゃがみ込む。

ルカは一度だけ立ち止まった。

そしてレイの顔を見ると、残った力を使うように駆け寄ってきた。

レイはその小さな体を抱き上げた。

「よかった……」

声が震えた。

「ほんとに……よかった……」

ルカは何も言わず、レイの胸へ顔を押しつけた。

いつもなら抱き上げられるとすぐに降りたがる。

今日は動かなかった。

淡い青い光だけが、レイの腕の中で静かに明滅している。

少し遅れて、父が追いついた。

レイはルカを抱いたまま、しばらく顔を上げられなかった。

胸に触れている小さな身体が温かい。

それだけでよかった。

「……ほんとに、お前」

声にしようとすると、喉が詰まった。

朝、玄関で交わした言葉が浮かぶ。

『帰ったら遊ぼう』

たった昨日のことだった。

いつものように言った。

帰れば当たり前に会えると思っていた。

「ごめん」

ルカの背中を撫でる。

「帰るの、遅くなった」

「にゃ……」

弱い声。

レイは唇を噛んだ。

「怖かったよな」

ルカは答えない。

ただ、レイの胸へ顔を押しつけたまま離れなかった。

普段なら、抱き上げて数秒もすれば自分から降りようとする。

気分じゃないときは前足でレイの胸を押すことさえある。

今日は違った。

レイが腕の力を少し緩めても、ルカはそのままだった。

父は二人のすぐ横まで来ていたが、何も言わなかった。

ただ、ルカの頭を一度だけ撫でた。

「……よく無事だったな」

その声も少し掠れていた。

ルカの青い模様が、ゆっくり明るくなる。

いつもの光だった。

暗い寝室を照らしてくれた光。

玄関でレイを見送った光。

瓦礫だらけの町の中で見ると、それは昨日までよりずっと綺麗に見えた。

「ルカ」

レイが呼ぶ。

青い目がこちらを見る。

「帰ろう」

言ってから、レイは少しだけ笑った。

家は壊れている。

母もまだいない。

それでも。

ルカは帰ってきた。

「ルカ……無事だったか」

父は息を吐き、ルカの頭をそっと撫でた。

ルカが小さく鳴く。

レイたちは、しばらくその場を動けなかった。

――けれど。

レイは顔を上げた。

「……母さん」

父の表情が戻る。

ルカは見つかった。

それでも、母はまだ見つかっていない。

父はスマホを取り出し、もう一度電話をかけた。

呼び出し音すら返ってこない。

「近くの避難所を回ろう」

父はそう言ってから、レイの腕の中のルカを見た。

「その前に、一度家に戻ろう」

父が言った。

「ルカに水とご飯もやらないとな」

「うん」

レイたちは、もう一度家へ戻った。

玄関は傾き、割れたガラスと細かな破片が床に散っている。

壁には大きな亀裂が走り、奥では天井の一部が落ちていた。

昨日まで暮らしていた家なのに、長くいる場所には見えなかった。

それでも、入れる部屋は残っている。

父が足元を確かめながら先に入り、レイもルカを抱いて続いた。

まず、ルカに水を飲ませた。

ルカは最初こそ勢いよく舌を動かしたが、途中で顔を上げた。

「もっと飲んでいいよ」

「にゃ」

次に、倒れた棚の奥からルカのご飯を探し出した。

袋の端は潰れていたが、中身は無事だった。

皿の代わりになりそうなものを見つけて出してやると、ルカはゆっくり食べ始めた。

レイはその場にしゃがんだまま、しばらく食べる様子を見ていた。

父が近くにあった布を濡らし、ルカの足についた埃を拭く。

「ここ、痛くないか?」

前足に触れると、ルカは嫌そうに足を引っ込めた。

「それはいつもの反応だね」

「じゃあ大丈夫そうだな」

「にゃ」

ほんの少しだけ、壊れた家の中にいつもの空気が戻った。

ルカが食べている間に、レイと父は使えそうなものを集めた。

レイは制服を脱ぎ、動きやすい服に着替える。

父もスーツから私服へ着替えた。

それぞれのリュックに、水、食べ物、着替え、タオルを詰めていく。

レイはルカのご飯も袋ごと入れた。

「それ、全部持っていくのか?」

「うん」

「重くなるぞ」

「ルカのだからいい」

父は何も言わず、自分のリュックにも水を一本追加した。

レイは部屋を見回した。

倒れた家具。割れた窓。落ちた天井。

余震が来るたび、どこかで小さく何かが崩れる音がする。

父も同じ場所を見ていた。

「……ここで寝るのは、やめた方がいいな」

「うん」

レイもすぐに頷いた。

「母さんを探しながら避難所を回ろう。夜は、そのどこかで寝よう」

「分かった」

食べ終えたルカが立ち上がった。

そのまま玄関へ向かうのかと思ったが、途中で足を止める。

母がいつもいた場所へ顔を向けた。

それから別の部屋を覗き、もう一度周囲を見回す。

「……ルカも母さん探してるの?」

ルカはレイを見上げた。

「にゃ」

レイは少しだけ笑って、リュックを背負った。

「じゃあ、一緒に探そう」

レイたちは家を出た。

最初に向かったのは、家から比較的近い公民館だった。

入口の前には、毛布を肩にかけた人たちが座っていた。

中には小さな子どもを抱く母親もいる。

壁には、避難してきた人の名前を書いた紙が何枚も貼られていた。

ルカはレイの足元に降りると、入口を行き交う人たちへ顔を向けた。

毛布の間を覗き込み、人が通るたびに耳を立てる。

レイには、ルカも同じ人を探しているように見えた。

レイは一枚ずつ目で追った。

蒼宮香織。

何度見ても、その名前はなかった。

父が受付の男性に声をかける。

「すみません。蒼宮香織という女性、こちらに避難していませんか」

男性は名簿をめくった。

「蒼宮……香織さん」

指が何度か紙の上を往復する。

やがて男性は首を横に振った。

「少なくとも、この名簿にはありません」

「そうですか……ありがとうございます」

避難所の名簿を調べるレイと、受付で話をする父、傍らのルカ
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 06

外へ出る。

レイは何も言わなかった。

父も、すぐには声をかけなかった。

次は少し離れた中学校へ向かった。

最初の避難所を出たころには、ルカはレイの腕の中で眠っていた。

歩くたびに小さく揺れても起きない。

レイは何度も顔を覗き込んだ。

「寝てるだけだ」

父が言う。

「分かってる」

「さっきから何回確認してる」

「別にいいだろ」

父は何も言わず、少し笑った。

レイも自分で分かっていた。

呼吸しているか確かめてしまう。

見つけるまでの時間が、まだ身体に残っていた。

次の避難所へ向かう途中、ルカが目を開けた。

「起きた?」

「にゃ」

「歩く?」

ルカは腕の中から地面を見る。

そして、レイの胸へ顔を戻した。

「今日は抱っこがいいらしい」

「珍しいな」

「な」

レイは少し嬉しそうに笑った。

その笑顔が消えるまで、それほど時間はかからなかった。

次の避難所にも。

その次にも。

母の名前はなかったからだ。

それでも今度は、腕の中にルカがいる。

昨日の夜とは違う。

失ったと思ったものが、一つ戻ってきた。

だからこそレイは、母のことも諦めたくなかった。

道路はところどころ塞がれ、何度も遠回りをした。

ルカも歩いていたが、途中からまた足取りが遅くなった。

レイは黙って抱き上げた。

「今日は特別だからな」

「にゃ」

胸元で返事がする。

中学校の体育館にも、大勢の人がいた。

家族の名前を呼ぶ声。

張り出された名簿を食い入るように見る人。

無事を確認して抱き合う人。

そのすぐ隣で、俯いたまま動かない人。

レイは人の間を縫うように歩いた。

「母さん……」

名前はない。

父が職員にも確認した。

やはり、母は来ていなかった。

「次、行こう」

レイが先に言った。

父は一瞬だけレイを見て、頷いた。

三つ目。

四つ目。

近くで避難所になっている場所を、行ける限り回った。

そのたびに同じ名前を探した。

「蒼宮香織です」

「四十代の女性です」

「地震が起きたとき、外に出ていました」

けれど。

どこにもいなかった。

空が少しずつ赤くなっていった。

レイの足は重かった。

ルカを抱く腕にも力が入らなくなってくる。

父も疲れているはずだった。

それでもスマホを何度も確認していた。

画面には、母からの着信もメッセージもない。

「父さん」

「ん?」

「母さん……どこ行ったんだよ」

父はすぐに答えなかった。

少し先では、避難所の入口に新しい名前が書き足されている。

今も誰かが、誰かを探していた。

「分からない」

父は言った。

「でも、まだ探してない場所もある」

レイは俯いた。

「明日も探そう」

「もちろんだ」

迷いのない返事だった。

「母さんが見つかるまで探す」

レイは小さく頷いた。

その腕の中で、ルカが顔を上げる。

青い瞳が、レイを見ていた。

レイはルカの額に自分の額を軽く当てた。

「……一緒に探そうな」

「にゃ」

夕暮れの町に、小さな声が響いた。

ルカは戻ってきた。

けれど。

夕方、最後の避難所を出たところで、レイは一度立ち止まった。

腕の中のルカが身じろぎする。

「疲れた?」

「にゃ」

「僕も」

父が振り返った。

「今日は戻ろう。明日また早く出る」

レイは少し迷った。

まだ探せる場所がある気がした。

けれど、ルカの身体もまだ弱っている。

「……うん」

帰り道。

町は夕焼けに染まっていた。

壊れた屋根も。

割れた道路も。

その色だけは昨日までと変わらない。

ルカが腕の中から空を見る。

「母さんも、この空見てるかな」

父が隣を歩きながら答える。

「見てるかもしれないな」

「じゃあ同じだね」

「ああ」

レイは夕焼けを見る。

母がどこにいるのかは分からない。

それでも同じ空の下にいる。

今日は、それを信じることにした。

家へ戻ると、レイは自分の上着を畳んでルカの寝床を作った。

「今日はここ」

ルカは一度匂いを嗅ぎ、その上で丸くなる。

「僕の匂いするだろ」

「にゃ」

「安心する?」

ルカは目を閉じた。

レイはその隣へ座った。

母がいない家は静かだった。

それでも、昨日より一つだけ音が増えていた。

ルカの小さな寝息。

レイはしばらく、その音を聞いていた。

眠るルカを見ながら、レイは昨日の自分を思い出した。

体育館で何度名前を呼んでも返事はなかった。

今は手を伸ばせば触れられる。

レイはそっとルカの背中へ手を置いた。

青い光が指の隙間から漏れる。

「もう勝手にいなくなるなよ」

もちろん、ルカが好きでいなくなったわけではない。

分かっていても言いたかった。

ルカは目を閉じたまま、尻尾の先だけを動かした。

「返事した?」

もう一度、尻尾が動く。

レイは小さく笑った。

「じゃあ約束な」

明日はまた母を探す。

その次の日も。

今度はルカも一緒だった。

母は――まだ、どこにもいなかった。

父が眠ったあとも、レイは少しだけ起きていた。

ルカの寝息を聞く。

時々、青い模様が呼吸に合わせるように揺れる。

昨日の夜にはなかった光だった。

「おやすみ、ルカ」

小さく言う。

ルカの耳が動いた。

レイは目を閉じた。

明日は母を見つけたい。

今度こそ、母も一緒に、みんなで家へ帰りたかった。

レイは眠る前、もう一度だけルカを撫でた。触れれば温かい。その当たり前が、今夜は何より嬉しかった。

レイはようやく目を閉じた。

夜。

EPISODE 05 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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