RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 08 / 09

第8話 「異変Ⅱ」

世界を覆う異変。人々の戸惑いは、さらに深まっていく。

本文を読む
← 目次に戻る
RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第8話 異変Ⅱ

― ―

海外でも、同じことが起きている。

そのニュースは、翌朝には町中へ広がっていた。

避難所でも。

給水所でも。

食料を受け取る列の中でも。

人々は同じ話をしていた。

「日本だけじゃないらしい」

「海外でも機械を直せないんだって」

「地震のせいじゃないのか?」

「でも世界中だぞ」

答えを知っている人はいなかった。

レイは父と並んで歩いていた。

ルカもその横をついてくる。

今日も母を探すためだった。

避難所の名簿。

病院。

臨時の安否確認所。

行ける場所には、できるだけ足を運んだ。

「蒼宮香織という女性を探しています」

父が名前を告げる。

職員が確認する。

そして、首を横に振る。

その繰り返しだった。

「……今日もいないね」

レイが言った。

父は少し黙ってから頷いた。

「まだ行けてない場所がある」

「うん」

レイは前を向いた。

ルカが足元で小さく鳴いた。

町では、別の確認も始まっていた。

復旧できない設備が増えたことで、技術者たちは一つの当たり前に行き着いた。

思い出せないなら、資料を見ればいい。

工場の事務所。

工場では、何冊もの資料が机の上へ積まれた。

「これならどうだ」

古いファイル。

設備を導入したときの資料。

過去の故障記録。

作業員たちが自分で書き残したメモ。

一つずつ開いていく。

《異常停止時は――》

そこから先を読む。

読める。

声に出すこともできる。

けれど、書かれている手順を頭の中で作業へ変換しようとした瞬間、意味がほどけていく。

「これ、俺が書いた字だ」

一人が言った。

余白に手書きのメモがあった。

癖のある文字。

間違いなく自分の字だった。

「じゃあ分かるだろ」

「……分からない」

「自分で書いたんだぞ」

「分かってるよ」

男の声が強くなる。

「分かってるけど、分からないんだよ!」

部屋が静かになった。

男はすぐに俯いた。

「……悪い」

誰も責めなかった。

同じことが、自分にも起きていたからだ。

机の上に、分厚い設備マニュアルが置かれていた。

昨日、機械の前で手を止めた作業員がページをめくる。

「これだ」

設備の名前が書かれている。

写真もある。

操作方法も書いてある。

そこまでは読めた。

ページを進める。

故障時の点検。

復旧手順。

作業員の目が止まった。

文字は見えている。

一文字ずつなら読める。

図も見える。

番号も、矢印も、記号もある。

なのに。

書かれていることが、頭の中で一つにつながらない。

「……なんだこれ」

隣の作業員が覗き込む。

「どこ?」

「ここ。読んでみて」

男は指で一行を示した。

隣の作業員が読む。

しばらくして、眉をひそめた。

「……読めるけど」

「分かる?」

答えはなかった。

別の人を呼んだ。

その人も同じだった。

紙が古いわけではない。

文字が消えているわけでもない。

誰かが書き換えたわけでもない。

そこに、必要なことは残っている。

それなのに、人間の側が受け取れなかった。

別の工場では、パソコンに保存されていた図面が開かれた。

ファイルは壊れていない。

図面も表示された。

寸法も見える。

部品の名前も読める。

だが、その部品をどう作っていたのか。

どう調整していたのか。

図面を見ても、誰にも分からなかった。

「設計した人を呼べないのか?」

「この図面を作った本人が、そこにいます」

部屋の奥に、一人の男が座っていた。

自分で作った図面を、自分で見つめていた。

何度もページを戻す。

何度も拡大する。

それでも。

男は、自分が何を考えてこの線を引いたのか思い出せなかった。

設計図やマニュアルを前に困惑する技術者たち
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 09

病院でも、同じように資料を開く人たちがいた。

学校でも、別の形で異変が話題になり始めていた。

避難所になった校舎には、教師たちが残っている。

ある教師が職員室で教科書を開いていた。

基礎的な内容は分かる。

生徒へ教えてきたことも覚えている。

けれど、専門的な資料の一部へ進むと、急に理解が止まる。

「先生でも?」

隣の教師が聞く。

「読めるんです。でも……」

ページを指でなぞる。

「ここから先、何を言ってるのか分からない」

「難しいってこと?」

「違う」

教師は首を振った。

「前は分かってたんです」

その言葉が、少しずつ世界中で繰り返され始めていた。

前は分かっていた。

前はできた。

昨日まで知っていた。

失くしたことに気づくには、失くしたものを使おうとする必要があった。

だから人類は、地震が起きたその瞬間にはまだ、自分たちが何を失ったのかさえ分かっていなかった。

病院では、手術室で手を止めた医師たちが、手術手順書や医学書を開いていた。

手術記録も残っている。

図もある。

文字も読める。

患者に手術が必要なことも分かる。

けれど。

切開する位置や、その後の処置を実際の動きとしてつなげようとすると、理解がほどけていく。

「昨日まで知ってたはずなんです」

若い医師が呟いた。

「勉強した。試験も受けた。何度もやった」

自分の手を見る。

「なのに……なんで?」

本を開いても。

手術記録を見ても。

データを探しても。

失われたものは戻ってこなかった。

そして、その現象も日本だけではなかった。

海外の大学。

研究所。

病院。

工場。

同じ報告が次々と集まり始めた。

記録は残っている。

それを作った人間も生きている。

それでも理解できない。

世界は、ようやく地震とは別の何かが起きていることを認め始めていた。

その日の夕方。

その日の捜索で、レイたちは小さな病院にも立ち寄った。

受付には安否を尋ねる人が並んでいた。

父が母の特徴を伝える。

年齢。

髪型。

服装。

職員は記録を確認した。

「申し訳ありません。該当する方は確認できません」

「そうですか。ありがとうございます」

また同じ答え。

外へ出ると、レイは病院の建物を見上げた。

窓の向こうを人が忙しく行き来している。

「母さん、怪我してないよね」

父は立ち止まった。

「分からない」

「……うん」

「でも、病院だけじゃない。まだ確認できてない場所もある」

レイは頷いた。

ルカが足元からレイを見る。

「行こう」

レイは言った。

世界が何を失ったのか分からなくても。

自分が探しているものだけは、はっきりしていた。

レイたちは避難所へ戻っていた。

母は、まだ見つかっていない。

父は壁に貼られた地図を見ていた。

明日、どこを探すか考えている。

レイは床に座り、ルカの背中を撫でていた。

テレビから、いつもより低い声が聞こえた。

『ここで、政府から発表がありました』

避難所にいた何人かが顔を上げる。

父もテレビを見た。

『世界各地で確認されている一連の異常について、政府は緊急記者会見を行うと発表しました』

ざわめきが広がった。

「何か分かったのか?」

「会見いつだ?」

「原因が分かったってことか?」

レイはルカを撫でる手を止めた。

画面の下に、赤い文字が表示される。

緊急記者会見。

父は何も言わず、その文字を見つめていた。

レイもテレビを見る。

何が起きているのか。

ニュース番組では、専門家たちが何度も意見を求められていた。

災害による集団的なストレスではないか。

通信障害による情報不足ではないか。

設備そのものが想定以上に損傷しているのではないか。

画面の中で、いくつもの可能性が語られる。

けれど、そのどれでも説明できない映像が増えていた。

外国の研究者が、自分の論文を前に首を振る。

工場の技術者が、自分で作った設備の図面を理解できない。

医師が、昨日まで扱っていた専門資料の前で手を止める。

国も。

言葉も。

職業も違う。

同じなのは一つ。

「前は分かっていた」

レイは避難所のテレビを見ながら、ルカの背中を撫でていた。

「忘れるって、こんな感じなのかな」

父が隣で画面を見る。

「分からない」

「僕、昨日食べたもの忘れることあるけど、そういうのと違うよね」

「たぶんな」

レイは少し考えた。

忘れたことなら、思い出すことがある。

誰かに言われて「ああ、そうだった」となる。

テレビの人たちは違った。

答えを目の前に置かれても、戻ってこない。

レイはルカを見る。

青い模様がいつも通り光っている。

変わらないものがそばにあることが、少しだけ安心だった。

ようやく、その答えが出るのかもしれない。

海外から届く映像の中には、ほとんど地震被害のないように見える場所もあった。

建物は立っている。

道路も大きく壊れていない。

それでも研究所の中では、人々が資料を囲んで立ち尽くしていた。

「ここも?」

レイがテレビへ身を乗り出す。

父も眉をひそめた。

もし地震で頭が混乱しただけなら。

もし日本の設備が壊れただけなら。

海の向こうで同じことが起きる理由がない。

画面が切り替わる。

別の国。

別の言葉。

字幕には、また同じ内容が出ていた。

《以前は理解できた》

レイはその言葉を見つめた。

「怖いな」

自分でも気づかないうちに口から出た。

父がレイを見る。

「うん」

レイは少し驚いた。

父が素直に怖いと言うことはあまりない。

「父さんも?」

「分からないものは怖いよ」

父はテレビへ視線を戻した。

「だから、まず何が起きてるのか知るしかない」

その直後だった。

政府が緊急記者会見を開くという速報が画面に出た。

避難所のあちこちで声が上がる。

レイも画面を見つめた。

答えが出る。

そう思った。

少なくとも、このときは。

会見の知らせが出ると、父はその時刻を確認した。

「それまでに戻ろう」

「捜索やめるの?」

「やめない。時間まで探す」

レイはすぐに頷いた。

二人はもう一つだけ安否確認所を回った。

そこにも母の名前はなかった。

帰り道、レイは少し早足になった。

会見が気になる。

母も探したい。

どちらも放っておけなかった。

避難所へ戻ると、テレビの前にはすでに人が集まり始めていた。

ルカはいつものようにレイの横へ座る。

世界中の人が答えを待っている。

レイもその一人になっていた。

テレビの前には、仕事着のままの人もいた。子どもを抱いた人もいた。誰もが、自分の生活に何が起きているのか知りたかった。レイは父の隣に座り、ルカを膝へ乗せた。母のことを考えながら、それでも画面から目を離せなかった。世界で起きていることが、自分たちの明日にも関わる。十四歳のレイにも、それだけは分かり始めていた。

会見の時刻が、少しずつ近づいていた。

避難所の空気も、いつの間にか昨日までとは違う緊張を帯びていた。

誰も答えを知らなかった。

夜。

EPISODE 08 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

pixivで作品を見る ↗
✧ READER’S CORNER

読んだ感想を聞かせてください

いいねもコメントも、創作の励みになります。

―閲覧
―コメント

読者データを読み込み中…

みんなの感想

読み込み中…

感想を書く

コメント欄の準備を確認しています…

コメントは誰でも閲覧できます。個人情報・誹謗中傷・宣伝目的の投稿はご遠慮ください。迷惑投稿対策のため、匿名の識別用Cookieを使用しています。