RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 03 / 09

第3話 「避難所」

多くの人が集まる体育館。母を待つ長い夜。

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RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第3話 避難所

― ―

「……ルカ」

返事はなかった。

レイは毛布の中で目を開けた。

薄暗い体育館。

天井の非常灯が、ぼんやりと床を照らしている。

眠ったのかどうか、自分でも分からなかった。

目を閉じるたびに家のことを考えた。

母のこと。

そして、鍵のかかった家に残されたルカのこと。

隣では父が壁にもたれて座っていた。

眠っているように見えた。

そのとき。

ミシ。

体育館の窓が小さく鳴った。

続いて、床がゆっくり揺れる。

「……っ」

レイは身体を起こした。

周囲でも何人かが目を覚ます。

「また地震……?」

小さな子どもの声。

揺れはすぐに収まった。

けれど体育館の中に、ざわめきが残った。

「大丈夫だ」

隣から父の声がした。

起きていた。

「寝てなかったの?」

「お前もだろ」

レイは答えなかった。

父も、それ以上は言わなかった。

体育館には、夜になってからも人が増え続けていた。

体育館の隅では、先生たちが避難してきた人の名前を紙に書き続けていた。

一枚の紙が埋まると、その隣へ新しい紙が貼られる。

レイはそのたびに目で追った。

もしかしたら。

次に書かれる名前が、母かもしれない。

そんな期待を何度も抱いて、そのたびに違う名前が増えていった。

「父さん」

「ん?」

レイは入口を見た。

「母さん、もう家に帰ってるのかな」

父がレイを見る。

「ルカもいるし。家は無事で……道が通れないから、こっちに来られないだけかも」

父は少しだけ間を置いた。

「……そうかもしれないな」

レイは小さく頷いた。

そうだったらいい。

母とルカが家で待っている。

明るくなって帰れば、二人ともそこにいる。

今は、そう思いたかった。

もし母が家に戻れているなら、ルカも一人ではない。

レイはそう考えると、少しだけ胸の苦しさが軽くなった。

母なら、ルカを見つければきっと抱き上げる。

そして道が通れるようになるまで、家で待っているかもしれない。

「明日、帰ったら二人ともいるといいな」

「ああ」

父の返事を聞いて、レイはもう一度入口を見た。

家の玄関を開けたら、母の「おかえり」とルカの声が一緒に聞こえる。

レイはそんな光景を頭の中に作った。

今夜は、それを信じて待つしかなかった。

入口が開くたびに冷たい空気が入り、避難してきた人たちの声が聞こえる。

「こっち、まだ空いてます!」

先生たちが毛布を運ぶ。

地域の人たちも手伝っていた。

誰かが持ってきた懐中電灯。

段ボール。

ペットボトルの水。

使えるものを少しずつ集めて、みんなで分けていた。

レイは入口が開くたびに顔を上げた。

母かもしれない。

そう思ってしまう。

けれど、入ってくるのは知らない人ばかりだった。

少し離れた場所で、女の人が泣いていた。

「まだ主人が戻ってなくて……」

その隣では、泥だらけの男が家族に囲まれている。

「よかった……ほんとによかった……」

抱き合う声。

泣く声。

誰かの名前を呼ぶ声。

同じ体育館の中に、再会できた人と、まだ待っている人がいた。

体育館の壁際に、一人の男が座っていた。

痩せた頬。

少し長い黒髪。

目の下には、濃い隈ができていた。

暗いジャケットのフードをかぶり、膝を抱えたまま床を見つめている。

目の前には、配られたパンが置かれていた。

けれど、手をつける様子はない。

誰かを待っているようにも見えなかった。

ただ、何もかもを失ってしまったように、じっと床を見つめていた。

レイは一瞬だけ、その男を見る。

そして、すぐに視線を戻した。

避難所になった体育館で、父・蓮司とレイが寄り添って座る場面
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 04

レイはスマホを取り出した。

画面をつける。

母からの連絡はない。

アンテナの表示もほとんど変わらない。

もう一度、電話をかける。

繋がらない。

「……くそ」

レイはスマホを握りしめた。

父が横から画面を見る。

「俺もさっきやった」

「繋がった?」

父は首を振った。

「母さん、どこにいるんだろ」

「……分からない」

父はそれだけ言った。

変に大丈夫だとは言わなかった。

そのことが、逆に怖かった。

体育館の前方で、ラジオの音量が上げられた。

『――現在も各地で余震が続いています』

『倒壊した建物には近づかず、安全な場所で待機してください』

雑音が入る。

しばらくして、別の声。

『道路の寸断、火災、停電が多数発生しています』

『被害の全容は、まだ確認できていません』

誰かが小さく息を呑んだ。

レイは父を見る。

「明日の朝、本当に行ける?」

「行く」

父はすぐに答えた。

「道が塞がってても?」

「通れる道を探す」

「火事が残ってても?」

「危ないところには近づかない。それでも家の近くまでは行く」

レイは少し黙った。

「……ルカ、待ってるよね」

「ああ」

「母さんも、家に戻ってるかもしれない」

「そうだな」

父は前を向いたまま答えた。

その声には、願いが混じっていた。

夜が深くなる。

夜中。

レイは一度、体育館の外へ出た。

眠れなかった。

扉の近くにいた先生へ声をかけ、校舎脇の限られた場所までならと許可をもらった。

父も一緒についてきた。

外は思った以上に暗かった。

いつもなら見えるはずの店の看板も、住宅の窓も、ほとんど光っていない。

遠くで赤い光が揺れていた。

火なのか、緊急車両なのか、ここからでは分からない。

レイは自宅のある方角を見た。

「この暗さじゃ、ルカも怖いかな」

父はすぐには答えなかった。

「……あいつ、暗いところ平気だろ」

「そうだけど」

レイは空を見上げた。

「自分で光れるし」

口にしてから、少しだけ笑った。

暗い部屋で「ルカ、お願い」と言えば、いつも青く光ってくれた。

懐中電灯みたいに扱うと、ルカは時々不満そうな顔をした。

「今も光ってるかな」

「光ってるんじゃないか」

「そしたら見つけやすいのに」

父はレイの肩へ手を置いた。

「明るくなったら探そう」

レイは家の方角を見たまま頷いた。

体育館へ戻る直前、もう一度だけ振り返った。

町の暗闇のどこかに、小さな青い光があるような気がした。

もちろん、見えるはずはなかった。

レイと父が体育館へ戻るころには、非常食が配られ始めていた。

小さなパンと、水。

レイは袋を開けた。

昼からほとんど何も食べていなかったのに、不思議と食欲がなかった。

父が自分のパンを半分に割る。

「いるか?」

「いらない」

「食っとけ」

「父さんが食べてよ」

「俺はいい」

「よくないだろ」

父が少しだけ笑った。

「じゃあ、自分の分だけでも食え」

レイはしばらくパンを見つめた。

それから、一口かじった。

味がほとんど分からなかった。

体育館の端で、小さな子どもが泣き出した。

「おうち帰りたい……」

母親らしい女性が、その子を抱きしめる。

「朝になったらね」

「ほんと?」

「うん」

レイは視線を落とした。

朝になったら。

自分も帰れるのだろうか。

帰った先に、いつもの家はあるのだろうか。

母はいるのだろうか。

ルカは。

考えるのをやめようとしても、頭の中に浮かんでくる。

「レイ」

父が呼んだ。

「ん?」

「少し寝ろ」

「寝れない」

「目閉じてるだけでもいい」

「父さんは?」

「俺もそうする」

レイは毛布へ横になった。

父も隣で身体を伸ばす。

少しして。

「父さん」

「ん?」

「家、壊れてるかな」

返事が来るまで、少し間があった。

「分からない」

「……そっか」

「でも、まだ見てもいないのに決めつけるな」

「うん」

「ルカだって、あいつ結構しぶといだろ」

レイはほんの少しだけ笑った。

「怒るよ、そんなこと言ったら」

「じゃあ内緒にしとけ」

「ルカ、父さんの言葉も分かるから」

「それは困ったな」

二人の声が少しだけ軽くなる。

ほんの数秒だった。

それでもレイは、さっきより少しだけ息がしやすくなった。

目を閉じる。

浮かんだのは、青い光だった。

暗い部屋で。

「ルカ、お願い」

そう言えば、ルカは少しだけ明るく光った。

いつも当たり前にそこにいた。

ベッドの上。

ソファの上。

玄関。

レイの隣。

「……待ってろよ」

誰にも聞こえないくらいの声で言った。

「明日、絶対行くから」

何度目かの余震で目を覚ましたとき、体育館の窓が少し明るくなっていた。

朝だった。

眠っていた人たちが、少しずつ起き始める。

先生たちが動き出す。

入口の近くでは、外の様子を確認してきた人たちが話していた。

「あっちの道は無理だ」

「橋の手前が割れてる」

「火はだいぶ収まったみたいだけど……」

「まだ煙が出てるところもある」

父が立ち上がった。

「レイ」

レイもすぐに立つ。

「行ける?」

「まず外を見て、通れる道を探す」

父は荷物をまとめた。

レイも毛布を畳む。

体育館を出る前に、もう一度スマホを確認した。

母からの連絡はない。

レイは画面を消した。

外へ出た。

朝の空気は冷たかった。

昨日までと同じ朝のはずだった。

けれど。

校門の向こうを見た瞬間、レイの足が止まった。

道路には大きな亀裂が走っている。

電柱が傾いている。

割れた窓。

崩れた塀。

遠くには、まだ細い煙が上がっていた。

昨日の朝、自分が歩いた町だった。

同じ場所のはずなのに。

まるで知らない町に見えた。

父がレイの隣に立つ。

「……行こう」

レイは小さく頷いた。

家へ。

母のところへ。

ルカのところへ。

朝が近づくころ、レイはようやく少しだけ眠った。

夢の中では、いつもの玄関があった。

扉を開ける。

ルカが走ってくる。

キッチンから母が「おかえり」と言う。

そこで目が覚めた。

目の前にあったのは体育館の天井だった。

一瞬だけ、自分がどこにいるのか分からなかった。

そして全部思い出す。

地震。

繋がらない電話。

帰れない家。

レイは身体を起こした。

隣では父が目を閉じていた。

けれど、眉間には皺が寄ったままだった。

眠れていないのだと思った。

父はいつも何かあれば答えを出してくれる人だった。

家で困ったことがあれば母か父に聞けばよかった。

でも今は、父にも答えがない。

母がどこにいるのか。

家がどうなっているのか。

ルカが無事なのか。

レイは膝を抱えた。

早く朝になってほしい。

こんなに朝を待ったことはなかった。

父が立ち上がる音で、レイも顔を上げた。

外はもう夜明けの色に変わり始めている。

待つだけだった夜が、ようやく終わる。

レイは毛布を畳みながら、家へ帰ったら最初にルカを呼ぼうと思った。

二人は、変わってしまった町へ歩き出した。

父も荷物を持った。二人とも、もう待つだけの時間には耐えられなかった。

EPISODE 03 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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