RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 04 / 09

第4話 「青い光」

変わり果てた街の先で、見覚えのある光が。

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RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第4話 青い光

― ―

二人は、変わってしまった町へ歩き出した。

校門を出て、いつもの道へ向かう。

レイが毎朝、学校へ通っていた道だった。

けれど、数十メートルも進まないうちに足が止まった。

道路の真ん中が、大きく割れていた。

アスファルトが持ち上がり、向こう側との間に深い亀裂が走っている。

「ここ、通れないな」

父が亀裂の先を見る。

レイも覗き込んだ。

昨日までなら、家まで歩いてそれほどかからない。

でも今日は、その道をまっすぐ進むことすらできなかった。

「こっちから回ろう」

父が脇道を指さした。

レイは頷いた。

住宅街へ入る。

遠回りを続けるうちに、レイは自分が知っている道を何度も見失いそうになった。

曲がり角にあった塀が崩れている。

目印にしていた店のシャッターが歪んでいる。

いつも通っていた細い道には、倒れた物置が横たわっていた。

「こっちで合ってるよね」

「ああ。合ってる」

父が答える。

それでもレイは何度も周囲を見た。

毎日歩いていた町なのに、知っている景色が少しずつ別の形へ変わっている。

途中、小さな公園の前を通った。

ブランコは片方が外れ、地面には亀裂が走っていた。

昨日までなら、夕方になると小さな子どもたちが遊んでいた場所だ。

今は誰もいない。

レイは足を止めずに通り過ぎた。

家に近づくほど、胸の奥が騒がしくなる。

見たい。

でも、見るのが怖い。

家が無事なら。

母が帰っていたら。

ルカが玄関で待っていたら。

何度もそんな光景を思い浮かべる。

そのたびに、別の想像が割り込んできた。

レイはそれを振り払うように歩いた。

崩れた塀。

傾いた電柱。

道路へ飛び出した瓦や木材。

窓ガラスが割れた家もあれば、外から見ればほとんど昨日と変わらない家もあった。

その違いが、かえって不気味だった。

人が何人か、道路の上に立っていた。

家の前で名前を呼んでいる人。

倒れた自転車を起こしている人。

荷物を抱えて避難所の方向へ歩いていく家族。

町はなくなってはいなかった。

けれど、昨日までの町でもなかった。

レイは歩きながら、何度もスマホを見る。

母からの連絡はない。

「父さん」

「ん?」

「母さん、家に戻ってるかな」

「戻れる状況なら、戻ってるかもしれない」

「……そっか」

それ以上は聞かなかった。

父にも分からない。

分かっているのは、家へ行くしかないということだけだった。

しばらく進むと、また人だかりが見えた。

道の先に、倒れた電柱が横たわっている。

電線が道路を塞いでいた。

「こっちも駄目か……」

父が立ち止まる。

近くにいた男が声をかけてきた。

「向こうの細い道なら抜けられるみたいです。ただ、途中で家が崩れてて」

「ありがとうございます」

父が頭を下げる。

二人はさらに遠回りした。

レイはだんだん歩く速度を上げていた。

「レイ、急ぐな」

「でも」

「足元見ろ。ガラスだらけだ」

レイは足元を見る。

割れたガラスが朝日に光っていた。

「怪我したら家まで行けなくなるぞ」

「……分かった」

そう答えても、気持ちは先へ先へと走っていた。

細い路地へ入った。

そこには、壁の一部が崩れた家があった。

家の前で年配の女性が、一人で倒れた棚を動かそうとしている。

父が足を止めた。

「大丈夫ですか?」

「あ……すみません。中に薬があって……」

父はレイを見る。

一瞬だけ、レイは家の方向を見た。

早く行きたい。

ルカが待っている。

母だっているかもしれない。

でも。

「……手伝おう」

レイが言った。

父が頷いた。

二人で棚を持ち上げる。

完全には動かなかったが、人が通れる隙間ができた。

「ありがとうございます、本当に……」

女性が何度も頭を下げた。

「気をつけてください」

父がそう言って、再び歩き出す。

レイも後を追った。

少しだけ時間を使った。

それでも、見捨てて進むことはできなかった。

さらに進む。

時々、地面が小さく揺れた。

そのたびに二人は立ち止まり、周囲を見る。

崩れそうな壁から離れる。

揺れが収まってから、また歩く。

いつもなら何でもない距離が、ひどく遠かった。

やがて、見覚えのある交差点が見えた。

レイの足が速くなる。

「父さん!」

「ああ。ここまで来た」

この先を曲がれば、自宅のある通りだ。

レイは走り出しかけた。

その腕を父が掴む。

「待て」

「なんで!」

「まだ危ない。俺の後ろを歩け」

「でもルカが!」

「分かってる!」

父の声が響いた。

レイが止まる。

父は一度息を吐いた。

「……俺だって早く行きたい」

レイは父の顔を見る。

「母さんがいるかもしれない」

父も同じだった。

レイは黙って頷いた。

二人は角を曲がった。

自宅のある通りが見える。

レイは息を呑んだ。

何軒かの家は形を保っている。

塀が崩れただけの家もある。

屋根の一部が落ちた家。

壁に大きな亀裂が入った家。

そして。

「……家」

蒼宮家も、そこにあった。

完全には崩れていない。

けれど、無事でもなかった。

一階の窓が割れている。

外壁の一部が崩れ、玄関の周囲には瓦礫が散らばっていた。

レイが駆け出す。

「レイ!」

父の声も聞かず、家の前まで走った。

「母さん!」

父も家へ向かって声を張り上げた。

「母さん! いたら返事してくれ!」

返事はない。

「ルカ!」

返事はない。

「ルカ!!」

レイは割れた窓を見る。

カーテンが風に揺れていた。

窓枠には大きな隙間ができている。

猫なら通れる。

「……外に出た?」

父が追いついてきた。

「中にいるかもしれない。まず呼ぼう」

「ルカ!」

二人で何度も名前を呼んだ。

返事はなかった。

玄関は歪んでいた。

父が力を入れても、すぐには開かない。

「下がってろ」

何度か押し、ようやく人一人が通れるほどの隙間ができた。

「俺が先に見る」

「僕も行く」

「床がどうなってるか分からない」

「ルカがいるかもしれないだろ!」

父は少し迷った。

「……俺から離れるな」

二人は家へ入った。

昨日の朝まで、家だった場所。

食器が床に散らばっている。

棚が倒れている。

壁には亀裂。

リビングのソファも大きくずれていた。

レイはその光景を見つめた。

ここで昨日、朝ごはんを食べた。

母が笑っていた。

父がコーヒーを飲んでいた。

ルカがレイの真似をしていた。

ほんの一日前のことだった。

「ルカ……?」

レイは足元を確かめながら進む。

ソファの下。

テーブルの陰。

階段の近く。

「ルカ」

いない。

父は母の名前を呼びながら、一階を確認している。

返事はない。

父はスマホを取り出した。

画面を確認して、もう一度母へ電話をかける。

やはり繋がらなかった。

「……母さん、帰ってきてないんだね」

「ああ」

父は短く答えた。

レイは玄関の方を見る。

「どっか別の避難所に行けてればいいけど……」

「地震のとき外にいたんだ。家に戻れなくて、近くの避難所にいる可能性はある」

「……うん」

「今は、そう信じよう」

父はそう言ったが、スマホを握る手は離さなかった。

「二階は危ない」

父が階段を見上げる。

途中の壁が崩れていた。

レイは唇を噛む。

「ルカなら返事するよ」

「ああ」

「呼んだら、いつも来る」

「……ああ」

でも来ない。

レイはもう一度、割れた窓を見る。

「ここから出たんだ」

そう思いたかった。

家の中にいないなら。

外へ逃げた。

きっとそうだ。

「探す」

レイが言った。

「近くにいるかもしれない」

父も頷いた。

「遠くには行ってないはずだ」

二人は家の外へ出た。

家の中を探し終えても、レイはすぐには外へ出られなかった。

自分の部屋へ続く階段を見上げる。

壁が崩れ、途中には破片が落ちている。

二階には、自分のベッドがある。

昨夜までルカが隣で寝ていた場所。

「レイ」

父に呼ばれて、ようやく視線を戻した。

「……うん」

外へ出る。

玄関の前で、レイはしゃがんだ。

瓦礫の間に、小さな黒い毛が落ちていないか探す。

何もない。

足跡も分からない。

「ルカ、どっち行ったんだよ」

返事はない。

父は近所の人に声をかけて回った。

レイも反対側の家へ聞きに行く。

青く光る黒猫。

説明すれば、見ていれば忘れないはずだった。

けれど、誰も見ていなかった。

一軒。

また一軒。

答えを聞くたびに、レイの声が少しずつ小さくなる。

それでも次の家では、また同じように聞いた。

「黒い猫、見ませんでしたか?」

諦めるという選択肢だけは、最初からなかった。

「ルカー!」

通りを歩く。

「ルカ!」

近所の庭。

車の下。

崩れた塀の隙間。

レイは覗ける場所を片っ端から確認した。

「にゃーって返事しろよ!」

返事はない。

時間だけが過ぎていく。

近所の人にも聞いた。

「黒い猫、見ませんでしたか? 青い模様があって……光るんです」

「ごめんね、見てないわ」

別の人も首を振った。

レイはまた歩く。

父が後ろからついてくる。

「レイ、一回水飲め」

「あとでいい」

「駄目だ」

「でも――」

「倒れたら探せない」

レイは黙って水を受け取った。

一口だけ飲む。

すぐにキャップを閉めた。

「行こう」

捜索の途中、レイは何度も立ち止まった。

物音がするたびに振り返る。

瓦礫の向こうで何かが動いた気がすれば走った。

けれど、風で転がった空き缶だったり、崩れた布だったりした。

「ルカ!」

声を出す。

返事はない。

父も別の方向へ名前を呼ぶ。

「ルカ!」

普段なら、家の中で名前を呼べば面倒そうな顔をしながらも姿を見せた。

眠っていても耳だけは動いた。

「無視してんのかよ」

レイはわざと、いつもの調子で言った。

「出てきたら怒らないから」

少し待つ。

「今日だけは何しても怒らない」

返事はない。

「パン盗ってもいいから」

父が横から言った。

「それは駄目だろ」

「今はいいんだよ」

レイは笑おうとした。

うまく笑えなかった。

「……だから出てこいよ」

最後の声だけ、小さくなった。

昼を過ぎた。

太陽が少し傾き始める。

探す範囲は少しずつ広がっていた。

レイの声もかすれてきた。

「ルカ……!」

何度呼んだか分からない。

返事はない。

頭の中に、嫌な想像が浮かぶ。

瓦礫の下。

倒れた家具。

逃げられなかったルカ。

「……違う」

レイは首を振った。

「絶対いる」

父は何も言わず、隣を歩いた。

やがて二人は、家から少し離れた細い道へ入った。

古い塀が崩れ、瓦礫が道の端に積もっている。

その先は建物の影になっていた。

レイは立ち止まる。

「……?」

何かが見えた気がした。

「どうした?」

父が聞く。

レイは答えない。

瓦礫の向こう。

暗くなった建物の隙間。

そこに。

ほんの小さな光があった。

青い光。

一度、弱くなる。

また、淡く光る。

顔は見えない。

姿もよく分からない。

それでも。

レイには分かった。

この世界で、その光を見間違えるはずがなかった。

「……ルカ!」

夕暮れの瓦礫の街で、レイと父が青い光を見つける場面
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 05
EPISODE 04 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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