RE:LIGHT / VOLUME 01

EPISODE 06 / 09

第6話 「復旧作業」

街を取り戻すための作業が始まる。けれど何かがおかしい。

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RE:LIGHT · 第一巻『失われた日』

第6話 復旧作業

― ―

翌朝。

レイが目を覚ますと、ルカはすぐ隣にいた。

丸くなった黒い背中に、淡い青が静かに浮かんでいる。

昨日までなら、それだけで安心できた。

けれど、母はまだ帰っていない。

父はすでに起きていた。

スマホを片手に、避難所でもらった地図を広げている。

「父さん」

「起きたか」

「今日も探そう」

父は頷いた。

「ああ。昨日行けなかったところを回る」

ルカが顔を上げた。

「ルカも行く?」

「にゃ」

レイは少しだけ笑った。

「だよな」

また町へ出た。

午前中、昨日より遠い場所まで歩いた。

途中、道路脇で水を配っている人たちがいた。

レイたちも一本ずつ受け取る。

「ありがとうございます」

父が頭を下げる。

その隣では、何人かの大人が倒れた看板を起こしていた。

別の場所では、店の前に散らばった商品を拾い集めている。

昨日より町は動いていた。

それがレイには少しだけ嬉しかった。

「みんな、戻そうとしてるんだね」

「ああ」

「家も直せるかな」

父は一瞬だけ答えに詰まった。

「まず安全に入れるようにしないとな」

「ルカの窓も」

「ルカの窓?」

「割れたところ。あそこから出たんだろ」

レイは足元のルカを見る。

「命の恩人の窓だから、塞ぐのちょっとかわいそう」

父が笑った。

「雨入るぞ」

「じゃあ猫用の扉つけよう」

「自分で開けられるだろ、こいつ」

「にゃ」

「ほら、欲しいって」

「今のどこがだよ」

地震のあと初めて、レイは少し長く笑った。

その笑いが消えると、また母を探した。

笑ったからといって、心配がなくなるわけではなかった。

昨日より人の動きが増えていた。

道路の端では瓦礫をどかす人たちがいる。

給水所には長い列ができ、避難所の入口では食料が配られていた。

信号は消えたままの場所もあった。

けれど、少し先の通りでは店の看板に明かりがついていた。

「電気、戻ったんだ」

レイが言う。

父もそちらを見た。

「全部じゃないみたいだけどな」

それでも、その明かりを見ている人たちの顔は少し明るかった。

誰かが言った。

「少しずつ戻ってるな」

別の誰かが答える。

「早くもとの生活に戻りたいよな」

レイは早く母さんに会いたい、それだけだった。

その日は、昨日より遠い避難所まで回った。

「蒼宮香織という女性を探しています」

父が受付で何度も同じ言葉を繰り返した。

名簿を見る。

職員に聞く。

別の避難所へ向かう。

けれど、母の名前はなかった。

昼過ぎ、レイたちは家へ戻った。

近所でも片づけが始まっていた。

向かいの家の男性が、倒れた棚を外へ運んでいる。

少し先では、数人で瓦を集めていた。

「手伝いますか?」

父が声をかけると、男性は首を振った。

「そっちも大変でしょう。まず自分の家やってください」

「何かあったら呼んでください」

「そちらもね」

昨日までは挨拶を交わす程度だった人たちが、今日は互いの家を気にしていた。

レイは玄関周りの小さな破片を集めた。

ルカはその横をうろうろする。

「危ないから中入ってろ」

「にゃ」

「肉球切るぞ」

ルカはレイを見る。

「分かった?」

「にゃ」

数歩だけ家の中へ入る。

レイが作業へ戻る。

少しすると、またルカが出てくる。

「おい」

父が吹き出した。

「言葉分かってても、言うこと聞くとは限らないんだな」

「そこは普通の猫なんだよ」

レイはルカを抱き上げ、比較的安全な場所へ移した。

こんな時間が、妙にありがたかった。

壊れた家を片づけているのに。

母はまだ見つかっていないのに。

ルカが邪魔をして、父が笑う。

その瞬間だけは、昨日までの家族の時間に触れられた気がした。

壊れた窓には、父が板を立てかけた。

割れた食器を端へ寄せ、倒れたものを少しずつ片づける。

水道はまだ出なかった。

電気も来ていない。

それでも、昨日よりは家らしくなった。

レイは床に座り、配給でもらったパンをちぎった。

ルカが隣から見上げている。

「これはダメ」

「にゃ」

「そんな顔してもダメ」

ルカはしばらくレイを見つめたあと、父の方へ向かった。

「父さんのとこ行っても同じだからな」

父が小さく笑った。

ほんの少しだけ。

昨日までなかった笑い声が、家の中に戻った。

片づけを続けていると、レイは倒れた棚の下に写真立てを見つけた。

「父さん、これ」

拾い上げると、表面のガラスに大きなひびが入っていた。

中の写真は無事だった。

少し前に、四人で撮った家族写真。

父と母。レイ。そして、レイに抱かれたルカ。

「写真は大丈夫そうだな」

父が覗き込む。

「うん」

レイは割れたガラスを慎重に外した。

足元へ来たルカが、写真の匂いを嗅ぐ。

「ほら。お前もいるぞ」

写真を見せると、ルカは一度だけ鼻を近づけ、そのまま顔を背けた。

「興味なしかよ」

「自分の顔なんて分からないだろ」

「言葉は分かるくせに」

「にゃ」

父が笑った。

レイも笑ってから、もう一度写真を見る。

母も笑っていた。

レイは写真についた埃を指で払った。

「……母さん帰ってきたら、新しいの買おう」

「写真立て?」

「うん。今度は割れないやつ」

「そんなのあるのか?」

「知らない」

二人とも少し笑った。

レイは写真を机の上へ置いた。

捨てるものと残すもの。

壊れた家の中で、一つずつ分けていった。

ルカはその横で、丸めた紙を前足で転がしていた。

「それゴミだから遊ぶなって」

レイが取り上げると、ルカはすぐ別の紙へ手を伸ばす。

「お前、片づける気ないだろ」

「にゃあ」

「絶対分かっててやってる」

父の笑い声が、また家の中に響いた。

玄関の近くでは、父が倒れた靴箱を起こしていた。

レイも横から手を貸す。

「せーの」

二人で持ち上げると、下から片方だけのスリッパが出てきた。

「母さんのだ」

レイが拾う。

もう片方は少し離れた壁際に転がっていた。

二つを揃えて玄関へ置く。

父は何も言わなかった。

レイも言わなかった。

母が帰ってきたとき、いつもの場所にあった方がいい。

それだけだった。

隣の家から物を運ぶ音が聞こえた。

外へ出ると、近所の男性が一人で倒れた棚を動かそうとしていた。

「手伝います」

父が声をかける。

レイも後ろを持った。

三人で棚を壁際へ寄せる。

「助かったよ。そっちも大変なのに」

「お互い様です」

男性はレイの足元のルカを見て、少し笑った。

「猫ちゃんも無事だったんだな」

「はい。昨日見つかりました」

「そりゃよかった」

その一言が、レイには嬉しかった。

町にはまだ壊れたものが山ほどある。

それでも、人が一人増えれば動かせるものもあった。

レイたちは家へ戻り、また片づけを続けた。

片づけが一段落すると、父が水を差し出した。

「休め。朝から歩きっぱなしだろ」

「父さんもじゃん」

「俺は大人だからいい」

「意味分かんない」

レイは受け取り、壁にもたれて座った。

ルカも隣へ来て、前足を揃えて座る。

「お前は何もしてないだろ」

「にゃ」

「見てただけじゃん」

ルカはレイの膝へ前足を乗せた。

「はいはい。手伝ったことにしとくよ」

父が向こうで笑った。

疲れていた。

母のことを考えれば胸は重い。

それでも、みんなでいると、ほんの短い時間だけ普通に話せた。

その日の夕方、町の一部に明かりが戻った。

遠くの建物の窓が一つ、また一つと光る。

歓声が聞こえた場所もあった。

「電気だ!」

誰かが叫ぶ。

レイも思わずそちらを見る。

暗くなりかけた町に灯る電気の光は、それだけで希望に見えた。

「すごい」

「復旧したところから送電してるんだろうな」

父が言う。

「じゃあ、もう少ししたら家も?」

「可能性はある」

レイは頷いた。

レイは明かりのついた建物をしばらく見ていた。

昨日まで真っ暗だった町に、少しだけ夜の景色が戻っている。

「明日はもっと増えるかな」

「増えるといいな」

父の言葉に、レイは頷いた。

町外れの小さな工場でも、作業員たちが設備の確認をしていた。

床には地震で落ちた部品や箱が散らばっている。

一台ずつ、動くかどうかを確かめていく。

「こっちは動きます」

作業員が起動ボタンを押すと、機械が低い音を立てた。

「よし。次」

隣の設備へ移る。

同じように起動ボタンを押した。

何も起きない。

もう一度押す。

やはり動かなかった。

「駄目です。動きません」

責任者が機械を見る。

「復旧できるか?」

「はい」

作業員は反射的に答えた。

何度も扱ってきた設備だった。

止まったこともある。

そのたびに、自分たちで復旧させてきた。

作業員は工具を手に取った。

機械の前にしゃがむ。

そして――手が止まった。

「……あれ」

責任者が振り返る。

「どうした?」

作業員は答えない。

目の前の機械を見つめたまま、工具を握り直す。

見慣れた機械だった。

起動の仕方は分かる。

停止の仕方も分かる。

どんな動きをする機械なのかも分かる。

なのに。

動かなかったとき、ここから何をしていたのか。

それが出てこない。

「……あれ?」

男はもう一度呟いた。

今度は、さっきより小さな声だった。

「俺……」

工具を持った手が、ゆっくり下がる。

工場で復旧作業に行き詰まり、機械の前で考え込む作業員たち
RE:LIGHT — ILLUSTRATION 07

夜。

家の電気はまだ戻っていなかった。

父が懐中電灯を机に置き、避難所でもらった地図へ印をつけている。

今日確認した場所。

明日向かう場所。

レイはその横でルカを撫でていた。

「ここ、まだ行ってないよね」

「ああ。明日はそこから行こう」

「そのあと、こっち」

「道路が通れればな」

二人で地図を見る。

母を探すための印が、少しずつ増えていた。

見つからなかった場所の数でもある。

レイはペン先を見つめた。

「父さん」

「ん?」

「見つかるよね」

父はペンを置いた。

「見つける」

大丈夫だ、とは言わなかった。

その代わり、迷わずそう言った。

レイは頷いた。

ルカが地図の上へ前足を乗せる。

「あ、そこ?」

レイが指さす。

「明日そこ行く?」

「にゃ」

父が笑った。

「じゃあルカ隊長の指示で決まりだな」

「隊長、地図踏んでるだけだけど」

「にゃあ」

暗い家の中で、レイたちの声が小さく響いた。

翌朝に備えて横になっても、レイはなかなか眠れなかった。

外では時々、人の声や車の音がする。

町が少しずつ動き始めている音だった。

ルカが布団の端へ乗ってくる。

「今日は光らなくていいよ」

懐中電灯を消すと、部屋は暗くなった。

それでもルカの青い模様だけは淡く見える。

「電気、早く戻るといいな」

「にゃ」

「母さんも早く戻ってくるといいな」

今度は返事がなかった。

レイはルカの背中を撫でる。

「明日も探そう」

暗闇の中で、青い光が少し揺れた。

EPISODE 06 — END✧

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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